医薬翻訳ハンドブックの紹介 その1


「改訂版 医薬翻訳ハンドブック」の一部をご紹介します。

ある翻訳講座のテキストを見せてもらったところ、実に懇切丁寧な説明があって、たとえばphilosophyには「哲学」という意味もあるが、ここではもっと広く「モノの考え方」ぐらいの意味で使ってあると書いてあります。

これを見たとき、私は気が遠くなる思いがしました。テキストそのものはよくできたテキストではありますが、このようなものをひとつひとつ覚えていかなければならないとしたら、いったいどれぐらいの時間をかけたら翻訳ができるようになるのだろうか。そう思ったのです。数学で言えば、それはひとつひとつの掛け算の答えを覚えるようなものだからです。「哲学」と「モノの考え方」が一続きのものであることは、英語という媒体を介さなくても理解することは可能です。これは「兆し」と「徴候」についても言えることです。日本語の力、日本語で思考する力があれば、この気が遠くなる作業を省略することが可能になるのです。

翻訳の力は「日本語」×「英語」×「思考力、専門知識」であると申しました。そのどれかがゼロであれば、あとがいくらできても掛け算の答えはゼロとなる。したがって、翻訳の仕事はできないと申しました。

しかしまた、それとともに、英語というものは日本語ができればわかるようになるものだとも申しました。専門知識、専門知識というけれども、本当に大切なものは日本語での思考力であるとも申しました。

ということは、「日本語」、「英語」、「専門知識」がそれぞれ独立の変数ではなく、日本語の力が伸びれば、「英語」の力も「専門知識」の力も伸びるということです。日本語でこういうあいまいな表現は使わないようにと釘をさしておけば、英語を解釈するうえでプラスになることもあります。「かもしれない」を使ってはいけないということにしておけば、実際の文脈で使われているmayの意味を正しく把握してもらえる可能性が高くなります。逆に、「関与する」という日本語の使い方がよくわかっていない人でも、be involved in以外は「関与する」と訳さないと教えておけば、「関与する」という言い方を間違って使うことはなくなるはずです。

−「医薬翻訳ハンドブック」から抜粋
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