辻谷真一郎

 1953年生れ。神戸大学文学部史学科卒。イスラムスペイン史専攻。セビリア大学でスペイン史、翻訳論のほか、イタリア語を学ぶ。幅広く翻訳活動を展開しており、2889日間、注文がとぎれなかった記録をもつ。辻谷医薬翻訳事務所代表。

 現在仕事をしている翻訳者の90%は日本語の根本的な問題が解決されていないと考え、その状況を打破すべく、学校英語よ、さようなら(文芸社)翻訳入門 翻訳家になるための考え方と実践(ノヴァ)翻訳の原点 プロとしての読み方、伝え方(ノヴァ)をはじめ多くの著書を執筆。医薬翻訳講座をはじめ、多分野にわたる翻訳講座を主宰。共訳書にファブリツィオ・ファルコーニ、アントネッロ・セッテ共著インタビュー オサマ・ビンラディン(ダイヤモンド社)がある。

 現在、「辞書も歩けば」、「翻訳立国トラドキスタン」のふたつのブログを立ち上げている。

>>「学校英語よ、さようなら」の一部を紹介
>>翻訳に対する先生の考え

 

 辻谷氏が「通訳翻訳ジャーナル2000年3月号」に書かれた記事「プロが教える医薬翻訳の極意」はこちらからどうぞ。


翻訳者に対する考え

 よく、自分よりできる翻訳者を紹介すると自分の仕事をとられると思う人がいます。そのため、自分が忙しいときには意識的に自分よりレベルの低い翻訳者を紹介する人がいますが、そんなことをするから、その人が下手な訳をして、その会社から仕事が逃げていき、結果的に自分の仕事も減らすことになるのがわからないのでしょうか。

 逆に、自分より力のある人を紹介すれば、その人の評判がよいためにその会社全体の仕事が増え、その「おこぼれ」にあずかるために、以前より仕事が増えることになるのです。競争社会ではありますが、狭い範囲の競争のことばかり考えていて、競争というものを広い視野でとらえていないのです。

 会員ではありませんが、優れた医薬ドイツ語の翻訳者でMさんという方がいらっしゃいます。私は自分が忙しいときにI翻訳会社にこの方を紹介しました。のちに、Mさんはある会議室で私のことをほめてくれたあと、「でも、なぜこの私に自分の手持ちのなかで一番安価の高い会社を紹介してくれたのか、未だに謎である」と発言したそうです。I翻訳会社はドイツ語の単価が2600円、確かにこれだけくれるところはそうざらにはありません。

 Mさんに直接伝えたわけではありませんが、それに対する私の答えは簡単でした。「第一に、翻訳者はみな友だちだ。第二に、上手な人にやってもらわないと、(その翻訳会社)からドイツ語の仕事そのものが逃げてしまう。そうなれば、もう自分の手には負えない。あなたがいい仕事をしてくれたから、ドイツ語の仕事がまた自分のところに戻ってきた」

- 辻谷真一郎氏の著作より

「学校英語よ、さようなら」の一部を紹介


 私がこれからしなければならないことは山ほどあります。基本的には、アメリカ中心の世界観、英語中心の世界観と戦うことです。そして、そのような世界観の下で犠牲になっていることをひとつひとつ白日の下にさらすことです。そのひとつは、医学関係、看護関係の日本語にメスを入れることです。英語中心の考え方で、日本語そのものも英語を規範にした文章にしなければならないと思っているのでしょうか。意味がわかりにくいだけでなく、日本語を見下されているようで、とてもいやな思いをします。

 外国には、アルツハイマー患者が書いた手記や癌末期患者の家族のドキュメンタリーなどに優れたものがありますが、翻訳されたものはとても読みづらく、途中で投げ出してしまう人がたくさんいます。

 特定の本から引用したものではありませんが、次のような文章があちこちにみられます。

 「妻の病気の第二期は、とくに次のことで特徴づけられている。すなわち彼女の手が足よりも早く駄目になったということである」

 とてもじゃないけれども、介護に疲れた頭で読める文ではありません。なぜ「妻の病気が第二期に入ると、足よりも先に手が使えなくなるのがはっきりとわかった」と書いてあげないのでしょう。

 犠牲になるのはいつも弱者なのです。英語英語と騒いで日本語をおろそかにすればどういうことになるか。本当にそれを必要としている人に、肝心な情報が届かないのです。

 けっしてまともな日本語が書ける翻訳者がいないわけではありません。ところが、なぜか名前やコネ、経験などが優先され、新人にはなかなか仕事が回らないようになっています。私がこれからしようと思っていることのひとつは、優れた新人翻訳者に仕事が回るようなルートをつくってやることです。

-「学校英語よ、さようなら」辻谷真一郎著(文芸社)より引用

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